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Bao Tu Quan・ホウ トツ
セン
足勺 突泉公園
足勺
突泉は済南市の中心に位置し、「72名泉の首」や「天下第一泉」と称される。周り17ヘクタールの敷地に、37の泉が集まる泉群である。昔は露店、占い、サーカス、芝居などに溢れとても賑やかなところだった。現在となりの万竹園と合併して市内随一の公園である。全国14優秀園林の一つである。
園内、足勺
突泉、宋の時代済南出身の女性詩人李清照の記念堂、山東出身の画家李苦禅記念館、万竹園などがある。
豆知識:
済南市に泉が多い原因:済南市の南にたくさんの山がある。泰山山脈の余脈である。済南市は泰山山脈から黄河沖積平原への傾斜面に位置するので、南北の落差が500mぐらいある。
泰山の石質は可溶性石灰岩である。たくさんの大気降水と地表水を吸収して、石灰岩の地下川を通して北へ流れ込む。その流れが黄河あたりの硬質の花崗岩に阻止され、水平運動から垂直運動に変わる。昔市内にたくさんの天然泉があったが、近代、重工業の発展と人口の増加で水が枯れるところが多い。それで済南市では、泉の水の使用を止めて、黄河の水を利用する「保泉運動」を提唱されている。2004年より3年ぶりに回復。2005年5月現在綺麗に湧き出ている。
李清照: 南宋の有名な女流詩人で1084年生まれ、約1151年なくなった。号は易安居士、済南出身。父李格非、母王氏は皆博学の名人である。幼いときから両親の影響を受けて多芸多才である。「一代詩人」と呼ばれ、当時の男にも負けない詩人で婦人の誇るべき人物である。その人生の前半は幸せな生活を送ったが、後半は国も敗ずれ、主人も病気でなくなり、悲しい生活を送った。「生は人傑に成るべき、死は鬼雄に成るべし」という千古の名句を残した。その詩の内容として、前半は自然の美と男女の愛が主体であるに対して、後半は別離と人生の無常が主体である。詩集《易安居士文集》、《易安詞》。
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